総統の自死、戦勝国による侵略、敗戦。何もかもが傷ついた街で少女と泥棒は何を見るのか。

1945年7月。ナチス・ドイツが戦争に敗れ米ソ英仏の4カ国統治下におかれたベルリン。

ソ連と西側諸国が対立しつつある状況下で、ドイツ人少女アウグステの恩人にあたる男が、ソ連領域で米国製の歯磨き粉に含まれた毒により不審な死を遂げる。

米国の兵員食堂で働くアウグステは疑いの目を向けられつつ、彼の甥に訃報を伝えるべく旅出つ。

しかしなぜか陽気な泥棒を道連れにする羽目になり―ふたりはそれぞれの思惑を胸に、荒廃した街を歩きはじめる。

最注目作家が放つ圧倒的スケールの歴史ミステリ


第二次大戦後、ポツダム会談の前夜。混沌としたベルリンの街。
いろんな危険が潜む中、ソ連のNKVD(内務人民委員部)の大尉の命で旅する羽目になった少女アウグステ。
同行は元俳優で泥棒の胡散臭い、カフカ。

複数の国の政府と軍の利権が絡み合う複雑な情勢。単純な命の危機。
なぜ、そんな目に合いながら使命を全うしようとするのか訝しく思いながら読み進めるとラストでしっかり腑に落ちる。

幕間の戦前からのアウグステの物語も辛い。
労働者階級のささやかな家庭。幸福な3人家族を襲う戦争の暗い影。
思いやりがあり、公平な精神の持ち主だった両親。
この複雑な時代に家族を守るために身を処すのはなんと困難なことか。。。

閉塞的な社会、密告、通報、裏切り。人間の醜さが剥き出しになってしまう生き残りの戦い。

そんな人生のせいなのか、アウグステが少しも17歳の少女らしくないのが気になる。
タフに危険を乗り切り、たった一人で生きる逞しさもありながら老成したような諦観。

旅の途中に出会う何人かの孤児たちの戦争の心の傷も様々。

途中一緒に移動する二人、ユダヤ人の血を引くツィゴイナーの子、ヴァルターはまだ子供だ。
ヒトラー・ユーゲントだったハンスだって10代。

浮浪児窃盗団のボスの冷酷な美少女も、以前はアメリカ留学経験もある裕福な家の子だった思うと荒んだ精神が悲しい

戦争中はそれぞれ立場の違う家庭に育った彼らの戦後は始まったばかり。


ラストの英語版「エーミールと探偵たち」をアウグステが再び手にした回想シーン。
この本は戦前、幼い彼女に父が買ってくれた誕生日のプレゼント。
自由を感じたアウグステがその後も光に包まれていますようにと祈ってしまう


この物語の時点ではまだ降伏していなかった日本。
日本の戦争の物語も辛いけど、東西に分断されたドイツの抱えていた情勢はより複雑。

この後、ベルリンの壁の時代もアウグステは西側で自由にアメリカ文化に触れ、たくさん英語の本が読める人生を送ったと想像したい